白石晩年の書簡 82
彼はまた、この問題を独断で決しようとしたわけではなく、家族とも話し合ったことが次に述べられている。
「その上又、『洪範稽疑』にも、従逆の多少により、内外静作に付て吉凶も同じからず候。然ればそれがし一人の心に決すべく候事になく候へば、老妻へとくと申し、弱女(娘の卑称)にも申させ候は、それがし弱冠のむかしの事はさて置き、室をも保ち候より以後(結婚以後)の事は、老妻経歴し候事に候。種々艱難の事どもはかねても承り及ぶべく候事に候。しかるにふしぎの事にて前々代(家宣公)御恩により此の如くの身ともなりたるにて候。これらの事それがし一身の福にもあるべからず、妻もまたその福これある故と相見えたるにて候。
右の通りのものヽ子の事に候へば、御直参にて所領も地をも領し候ほどの人の妻になし候へば、これ又幸の至りに候へども、少しも禄の重く候人へと存じ候は、全く身の昔をわすれ候ての事にはなく候。
男子はその才徳によりいかにも身をも起すこともある事に候。女子は夫次第のものに候処に、近代のならはし、一色の御役に撰ばれ候も、とかく一石も禄の重きかたを撰ばれ候様になり来り、たとひ才覚行跡よく候ても、少身(小身)なるは御加増の入り候とて、埋もれ居られ候人々多き事に候。しかれば禄薄き人へかたづき候上よりは、一生この身上にてよく候と覚悟仕り候はねば、毎事につけ候て心もやすからず、又それにつけ候ては、親にて候ものヽふがひなく候故にかかるめをも見せ候なども存じ候へば、父子の恩をもそこなふやうにもなり候ものに候故、これらの事を親の身にては存じ廻らし候て、右の如く少しも禄厚く候はむ人をと存じたるに候。」
『尚書』(『書経』)の周書洪範章の7番目にある「稽疑」という一節には、「王が統治上で大きな問題に当ったら、まず自分の心に相談し、卿士に謀り、衆民に謀り、そうして卜筮に謀りなさい。この四つが一致したらこれを大同という。大同なら安らかで健康、子孫も繁栄する。これは大吉である。」云々とあるので、白石も自己の独断では事を運ばず、妻や娘当人にも考えを聞いたというのである。政治の書たる『書経』をこうした私的雑事にまで引くのは、いかにも古典主義者の白石らしいとはいえ、いささかおおげさのきらいはある。
嫁入り先として候補にあがっている市岡家は、「御直参にて所領も地をも領し候ほどの人」というのにあてはまるが、五百石の禄高が現在の白石の千石の半分なので、少しでも禄高の多いほうがいいのではないかと迷っていたわけである。
「その上又、『洪範稽疑』にも、従逆の多少により、内外静作に付て吉凶も同じからず候。然ればそれがし一人の心に決すべく候事になく候へば、老妻へとくと申し、弱女(娘の卑称)にも申させ候は、それがし弱冠のむかしの事はさて置き、室をも保ち候より以後(結婚以後)の事は、老妻経歴し候事に候。種々艱難の事どもはかねても承り及ぶべく候事に候。しかるにふしぎの事にて前々代(家宣公)御恩により此の如くの身ともなりたるにて候。これらの事それがし一身の福にもあるべからず、妻もまたその福これある故と相見えたるにて候。
右の通りのものヽ子の事に候へば、御直参にて所領も地をも領し候ほどの人の妻になし候へば、これ又幸の至りに候へども、少しも禄の重く候人へと存じ候は、全く身の昔をわすれ候ての事にはなく候。
男子はその才徳によりいかにも身をも起すこともある事に候。女子は夫次第のものに候処に、近代のならはし、一色の御役に撰ばれ候も、とかく一石も禄の重きかたを撰ばれ候様になり来り、たとひ才覚行跡よく候ても、少身(小身)なるは御加増の入り候とて、埋もれ居られ候人々多き事に候。しかれば禄薄き人へかたづき候上よりは、一生この身上にてよく候と覚悟仕り候はねば、毎事につけ候て心もやすからず、又それにつけ候ては、親にて候ものヽふがひなく候故にかかるめをも見せ候なども存じ候へば、父子の恩をもそこなふやうにもなり候ものに候故、これらの事を親の身にては存じ廻らし候て、右の如く少しも禄厚く候はむ人をと存じたるに候。」
『尚書』(『書経』)の周書洪範章の7番目にある「稽疑」という一節には、「王が統治上で大きな問題に当ったら、まず自分の心に相談し、卿士に謀り、衆民に謀り、そうして卜筮に謀りなさい。この四つが一致したらこれを大同という。大同なら安らかで健康、子孫も繁栄する。これは大吉である。」云々とあるので、白石も自己の独断では事を運ばず、妻や娘当人にも考えを聞いたというのである。政治の書たる『書経』をこうした私的雑事にまで引くのは、いかにも古典主義者の白石らしいとはいえ、いささかおおげさのきらいはある。
嫁入り先として候補にあがっている市岡家は、「御直参にて所領も地をも領し候ほどの人」というのにあてはまるが、五百石の禄高が現在の白石の千石の半分なので、少しでも禄高の多いほうがいいのではないかと迷っていたわけである。
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