白石晩年の書簡 14

 白石は自分のところも罹災や転居のことであわただしい中、鳩巣の窮状に心を痛め、学者の生命ともいうべき書籍についての協力を申し出ている。ここで監本四書とあるのは、宋代に良書出版を目的として置かれた国士監による官刻の四書のことで、テキスト・紙・刻字すべてにおいて、宋版の中でも最高の質を誇る版を意味する。また茅鹿門(一五一二~一六〇一)は明代の詩人学者で、その校訂になる「史記」は良本として知られる。これらは一介の貧乏学者が容易に入手できるような書物ではない。すぐ後の記述によって「恩賜の書」すなわち家宣から下賜された書物ではなかったことがわかるから、あるいは白石の筆写による蔵本だったか。いずれにしても、たとえ複本があったとしても、こうした貴重な書物を進呈するというのはよほどの決意だったはずだ。
 前にも見たように、白石は屋敷明け渡しを迫られて、とりあえず深川へ家族だけ移動させたので、その時いっしょに持って行った書物や著述原稿を含めた荷物は罹災を免れた。なお深川は海よりの低湿地を埋め立ててできた商業地域で、現在とは違って掘割りが縦横に入り組んで、舟による通行が便利だった一方、陸上のアクセスには橋の存在があって、不案内な者は道に迷う心配もあったわけだ。

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