白石晩年の書簡 18
この書簡は鳩巣からの来簡に対する返事なのだが、怱忙の間にも鳩巣は白石の近作の詩文を求めたらしく、次の部分はそれについての答である。
「拙作の文章の事仰せ下され候。ご存じのごとくもとより未熟の事にて、その上又しかるべきほどのものの数もこれなく候。詩文の稿本などもいそがしまぎれに箱どもにとり入れ、当所 (深川宅)の借り蔵へうち入れ候故に、上が上に積み重ね、さし当りたづね求めがたく、只今なにの仕るべく様もなく日を送り候へば、せめて書籍にても見たく存じ候に、右の仕合せ(なりゆき、始末)にて一部もとり出されず、これのみ当時(現在)のきのどく(残念)に存じ候。但し貴兄御蔵書の焼失に比し候はヾ、居宅も定まり候はヾ、其の時にはましにあるべく候か。まづ只今は御同事と思し召さるべく候。「白雉帖序」(註)にても御目にかけられ候はヾ、まづ御責(せめ)を塞がれ下さるべく候。追って稿本等取り出し候はヾ、うつし進じ候事も仕るべく候もちろんに候。」
{註)正徳元年(1711)の朝鮮通信使来聘の時、将軍から朝鮮国王への返礼に送られた金屏風二十双に深見玄岱が讃をつけたが、それを集めたのが「白雉帖」で、序文を白石が書いた。しかし実際には使節は帰路に風雨のため漂流し、屏風は失われたらしい。なお白石の「白雉帖序」の文章は『新井白石全集』第四に収録されている。
「貴兄御詩文それがし方へ御見せ候分は残らずこれあるべく候間、たとひ十一を千百に存じ候とも、誠に珍重の事たるべく候。又申し候。もしもし挑戦の人々と筆談などにても御目にかけらるべく候はヾ、これは手もとに草稿これあるべしと覚え候へども、これらは文章の沙汰にも及ばぬものに候故、当分御申し下され候用にもたらぬ事に存じ候。」
《二項目略》
「拙作の文章の事仰せ下され候。ご存じのごとくもとより未熟の事にて、その上又しかるべきほどのものの数もこれなく候。詩文の稿本などもいそがしまぎれに箱どもにとり入れ、当所 (深川宅)の借り蔵へうち入れ候故に、上が上に積み重ね、さし当りたづね求めがたく、只今なにの仕るべく様もなく日を送り候へば、せめて書籍にても見たく存じ候に、右の仕合せ(なりゆき、始末)にて一部もとり出されず、これのみ当時(現在)のきのどく(残念)に存じ候。但し貴兄御蔵書の焼失に比し候はヾ、居宅も定まり候はヾ、其の時にはましにあるべく候か。まづ只今は御同事と思し召さるべく候。「白雉帖序」(註)にても御目にかけられ候はヾ、まづ御責(せめ)を塞がれ下さるべく候。追って稿本等取り出し候はヾ、うつし進じ候事も仕るべく候もちろんに候。」
{註)正徳元年(1711)の朝鮮通信使来聘の時、将軍から朝鮮国王への返礼に送られた金屏風二十双に深見玄岱が讃をつけたが、それを集めたのが「白雉帖」で、序文を白石が書いた。しかし実際には使節は帰路に風雨のため漂流し、屏風は失われたらしい。なお白石の「白雉帖序」の文章は『新井白石全集』第四に収録されている。
「貴兄御詩文それがし方へ御見せ候分は残らずこれあるべく候間、たとひ十一を千百に存じ候とも、誠に珍重の事たるべく候。又申し候。もしもし挑戦の人々と筆談などにても御目にかけらるべく候はヾ、これは手もとに草稿これあるべしと覚え候へども、これらは文章の沙汰にも及ばぬものに候故、当分御申し下され候用にもたらぬ事に存じ候。」
《二項目略》
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