白石晩年の書簡 408

  書簡末尾には、語彙の転訛について附言し、古い形の残っている琉球の言葉との比較が有効であることを指摘している。
 「今は本語を転じ呼び候類いくらもこれある事に候。其義を得候事は、むかし公用にて琉球の人に度々出合候ひき。此国は古きものに南倭にこれあり候へば、本邦の古語も彼れ此れ遺り聞ゆる事に候。大の字をヲホと呼び候て、ヲヽとは申さず候。鶯などをもウグイスと呼び候てウグヰスとは申さず候。これらのことば、古来のかなづけ候と今よび候との違ひ候、不審に存じ候、こなたにては語転訛し候故の事、琉球にむかしのまヽの語と聞え候。
 琉球を南倭と申上げ候事は、山海経の南北倭の事に付、先年南北倭志を撰述し候事候て、其書に詳にし候ひき。事長く候間、詳に及ばず候。」 【全集第五 304頁】
 引用中の朱書部分は前と同じように立原翠軒自筆本による補正である。例えば「此国は古きものに候南倭にこれあり候へば」というところは、「琉球は古い資料(書物)に出てくる南倭のことなので」という意味だが、全集本ではそこは「此国は古き物にて、南倭に有之候へば」となっていて、「古き物に候南倭」というつながりがわからなくなっている。このほか、「昔」を白石は「むかし」と仮名で書き表すなどの書き癖にも、復庵宛や洞巌宛の自筆原本に見られる例と一致するものが多いので、この翠軒自筆本は項目の配列に二次的な編集の手が加わってはいても、テキスト自体は元の形に近いと判断できる。

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